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猫空世界〜闘病生活から超自然主義にならざるを得ない生活になった世界〜

生まれて初めて触った動物が猫だったサヤネコです(以来ネコ好き)。 十二の時に死にかけ、三十代にも死にかけましたが、まだ生きています。死にたいと思った事も多々ありますが、なんだかんだで生きています。 生かされている事に感謝して、シャーマン始めました。

2020/06    05« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  »07
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本音を言うと、学校は大嫌いな所でした。入学式から「行きたくない」と駄々をこね、四年生になって妹が産まれるまでは保健室にしょっちゅうお世話になっていた子どもでした。
(という事実は、卒業する時に保険の先生に言われて初めて『そうだったっけ?』と思うほど記憶から抹消されていました(苦笑))

担任との相性も悪く、当時二年担任が変わらない(クラスも変わらない)制度は私にとって苦痛でしかありませんでした。

一年で散々担任を振り回した私は、二年の家庭訪問で担任に、
「お宅のお子さんは何を考えているのか分かりません。どうしたものでしょう」
などと言われる始末。すると母まで、
「私も分かりません」
ですって。当の私は、母が先生に出したケーキを虎視眈々と狙っていました←我ながらそこかよって思う状態ながら、今でもハッキリと覚えている光景です。
学校嫌いのピークは四年生ーー担任からも目の敵にされていた私は、いじめの対象になっても何のフォローもしてもらえず、クラスの雰囲気も険悪でした。


親でさえ理解してくれないのですから、自分なりに解決するしかありません。

地図帳と白地図ノートを使っての授業が始まったばかりの頃、私はクラスの誰かによって地図帳を隠され、白地図ノートも上靴と一緒に泥が溜まった側溝に捨てられました。
上靴は洗えば問題なく履けたのですが、白地図ノートは泥だらけでとても使える状態でなく、地図帳に至ってはとうとう出てこず終い。
担任に訴えても新しい白地図ノートも地図帳も用意してもらえず貸してももらえずーー当時、叔父が中学社会科の先生をしていたため、地図帳だけは何とか手に入れました……中学生が使う物でしたが、出版社が同じで小学生が使う範疇も入っていて、ページ数は違ったものの授業で使うのには困りませんでした。


更に。中学生が使う地図帳を持っている事で優越感に浸れるのと、白地図ノートの宿題をせずに済むようになった私にとっては、これ以上ない不幸中の超ラッキー。(笑)

私の地図を捨てたヤツも対応無視した担任も、こんな私に辟易したことでしょうね……以来、このクラスであれこれ物を隠されたり盗られたりするのは無くなりました。


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三年生になった頃。ボリショイサーカスに連れて行ってもらった時、とても楽しみにしていた空中ブランコーー演技者が入院したとかで演目なくてがっかりしていたところに、木下大サーカスが近くの公園に来ることになり、改めて観に行くことになりました、が。

またもや、空中ブランコの演目はありませんでした。

これはもう、自分でやるしかありません。近所の団地の間にあった小さな公園へ行き、私は立ち漕ぎして空中ブランコの演技者になりました。※あくまで妄想です

その日はよく晴れていて、団地の窓には洗濯物が翻り、3階ではおばちゃんが布団を叩いていました。私は勢いよく立ち漕ぎし続け、ブランコが回転しそうになるくらい漕ぎましたーーそして。

何がどうなったのか、さっぱり解らないうちにズバババーッと音がして、


 
のです……

空中ブランコ妄想暴走した私は、布団叩いていたおばちゃんを受け止めてくれる人に見立てて、ブランコの鎖から手を離しちゃいました。
その後、つつじの植え込みから抜け出すと、布団叩きを握りしめたおばちゃんが駆けつけてくれて、
「あんた大丈夫ね!? 怪我しとらんね??」
「大丈夫、ネットあったけん!」

ーー本当に、軽い擦り傷ほどで済んだのですが。私がつつじの植え込みに開けた穴は、団地がなくなるまで開いていました……我ながら、命知らずにも程があるわー。

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声が大きく、歌うの踊るの大好きな幼少時代から、超がつくほどの健康優良児な小学時代ーー当然の事ながら中学に入って死にかける事態に陥るなど、想像する事も出来なかったあの頃。

むしろ、自分はそう簡単に死なない(←今となってはある意味当たってる)と過信していた感が……

私が小学2年くらいの頃、社宅に住む子ども達の間で『ライダージャンプ』と称してアパートの通路にある手すりを乗り越えて砂場へ飛び降りるのが流行ったことがありました。もちろん、大人に見つかると叱られるので、親の目がない時にこっそりやるのです。



初めは皆、1階の手すりの上から飛んだりしていたのですが次第にエスカレート。2階から飛ぶ猛者も現れました。その子に何と言われたかまでは覚えてないけれど、私の負けん気に火が点いたのは間違いありません。

夏休み終わりの、親の目が消えた日。私は意を決して3階の手すりを乗り越えました。

「ライダージャーンプ!!」

ーー2学期は両足首捻挫で松葉杖デビュー……その時思った事は今でも覚えています。

『ここのアパート、4階(最上階)から飛び降りても死なんね』

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2〜3歳頃の私の暮らしは、生活費2万いくかいかないか……こんなんでよく親子4人暮らせたなぁ……という生活でした。
外食というものは、父の給料が高度成長期の波に乗るまでありえない事だったのです。

なので、外食ならたとえ『うどん屋』でも『ラーメン屋』でも、ご馳走と思えたのでしょうね、多分。というのも、この一件に関しては全く覚えていないのです。

ただ、家族でうどん屋に行く度に聞かされていた逸話だもんで、こんなだったんだろうなぁと想像してみました。

もともと声は人一倍大きいので、当時の私の声は店内中に響き渡ったと推測されます。

今では、混雑しているファミレスでもすぐ店員さんに来てもらえて便利(と前向きに捉えています)が、当時、私をうどん屋に連れて行った両親は顔から火が出るほど恥ずかしかったそうで。←もちろん他人事(笑)

今思えば、天然とかKYとか言われる素質が既に発揮されていたのねーと思います。

つくづく、こんな私を育児放棄もせずに育ててくれた親に感謝です……合掌。




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普通なら、二〜三歳頃の記憶はほとんど残っていないものです。こと、四十路行く者にとって、生まれて数年の記憶など欠片も残っていないだろうと思われますの。←意見には個人差があります。

けれども私には、その頃に体験したある事件が今でも忘れられません。

ここから先は、幼児が大人の言葉で語っていると思ってくださいね。



それは、おばあちゃんが阿蘇へドライブしてくれた時のこと。私はお客を乗せて火口を回る馬に乗せてもらうことになり、おばあちゃんがお金を払って来るまで(子ども目線で)道産子ばりに大きな馬に囲まれて待っていました。

その時は特に馬が怖いとも嫌いとも思っていなかったので、割と普通におとなしくしていました……多分。
おばあちゃんまだかなーと、馬に背を向けて立っていたのですが、不意に右耳に生温かい空気がかかるや、

ブチブチブチッ!

と何かがちぎれる音がしました。パッと振り返るとそこには、巨大な馬の鼻面があり、それが、

ヒヒヒヒヒ〜

と笑ったのです。

何だか右肩が軽い気がして、おばあちゃんが結ってくれたおさげに手をやるとーー無い!!
右のおさげが綺麗さっぱり、食いちぎられていたのです!

もう馬に乗るどころではありません。大泣きでおばあちゃんちまで帰ると、近所の理容室でおかっぱにされました……阿蘇から祖母宅までの道中は全く覚えていないのですが、ずっと泣いていたことだけは鮮明に覚えています……

以来、私は馬が大嫌いになりました。とさ。

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母方里にそこそこ近い産婦人科で産まれた私。産後はしばらく母の里に居たようです。
母は里では割と名の知れた人だったようで、私が生まれた時は村中の人が見に来たとか。

「アコ(母の通称)ちゃんが雪のごと白い赤ん坊生んだらしかよ」
「シミもホクロもなかごたる」

と、代わる代わる見に来ては、私の体を仰向けにしたりうつ伏せにしたり……その実、真っ白だったらしいのですが、証拠写真が見当たらない。(笑)

本当は山のようにあった写真なのですが、結婚する時に記念日っぽい写真以外は整理してしまっていました←さっきアルバム見直していて処分したのを思い出した……

しかも、残していた生まれたての写真はなんとモノクロ!

これじゃあ証明のしようがありません。(失笑)
と、いうわけで、
「うちが生まれてきた時は真っ白やったらしかよ」

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プロフィール

HN:
莢猫
年齢:
46
Webサイト:
性別:
女性
誕生日:
1973/09/06
職業:
自由業
趣味:
ビーズ細工・ドライブ
自己紹介:
詳しくはカテゴリー『プロフィール』で。
A型乙女座長女なのに、近頃は、AB型とかB型とか星座はともかく末っ子とか一人っ子とか言われる、ゴーイングマイウェイ主婦。

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