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猫空世界〜闘病生活から超自然主義にならざるを得ない生活になった世界〜

生まれて初めて触った動物が猫だったサヤネコです(以来ネコ好き)。 十二の時に死にかけ、三十代にも死にかけましたが、まだ生きています。死にたいと思った事も多々ありますが、なんだかんだで生きています。 生かされている事に感謝して、シャーマン始めました。

2020/06    05« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  »07
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ついこの間、そんな女友達(笑)の心友Sとドライブで遊びに出かけた時のこと。学生時代の思い出話になりましたーー彼女の方からブログ記事にして欲しいと言われたため、うちの記憶にある限りの話をしようと思います。

Sとうちは同じ誕生月。酒のつまみと一升瓶を二人のささやかな(?)誕生日プレゼントにして、彼女を誘って夕暮れ時の海岸でお祝いしました。多分。←時期的にそんな頃だったので『誕生会』を兼ねていたのではと思うの←←真実は記憶の彼方(曝)

当時は二人ともかなりの酒好きだったのね、うん。しかし、少ないつまみに一升瓶をそのまま飲み交わす女子大生ってどうよ……何だかBGMに『同期の桜』とか流れていそうな雰囲気だったと思われ……

つまみも切れ酒も半升を過ぎた頃、だんだんSはちょっとしたことでも妙に高笑いするようになり、いよいよ酒も切れるかって頃になり「おひらきにしようか」って段になったところで。

「なぁ、さやちゃん、私憧れていることがあるんや」
ロレツがかなり怪しいSの物腰に(こりゃー抱えて帰らなんかな)なんて思っていたうちは話半分に
「なぁん?」
と、彼女の方を向いた途端、バキッ! いきなり彼女の右フックを食らい、思わず、
「なんばすっとかコラ」
と手加減微妙に殴り返してしまい、彼女はズベッと地面に転がって……ゆらゆらしながら体を起こし、
「私な、さやちゃんとは拳で解り合いたかったんや……念願叶ったぁ! あははははは」



五言絶句七言絶句。しばらく空白……女友達から出てくるセリフじゃねーよ……しかしこれだけ酔いちくれた挙句の言動だから本音なんだろうな……うん。

一瞬湧き上がった怒りも一気に冷める爆弾発言に、ほろ酔い気分も完全に冷めました。
「……そげんね。Sの念願叶ったとなら良かったよ。帰ろうか」
「うん。さやちゃんはとっても良い友達だよぉ! 大親友だよぉ! あっははははは、あははは」
Sが笑い死にする前に、早よぉ連れて帰ろう、うん。

翌日。うちとSは左目元に青タン状態で登校ーー女友達からは次々に、
「莢ちゃんもSちゃんもどうしたと?」
と声をかけられ、
「昨日、海で飲んで、拳で解り合ったとよ」
「は?」
「殴り合ったと」
「ケンカしたん?」
「いやいや、Sが『拳で解り合いたい』って殴ってきたから殴り返しただけ。ケンカやないけん」
「はぁっ ?! そんなこと女の子がやることじゃないよ!」
「うん、まぁ……普通はそうだね」
「莢ちゃんはSちゃんの何なん」
「え? ……親友」
「信じられーん! そんな物騒な関係なんてありえんわ。Sちゃん怖いわ」
……いや別に、Sとの関係が『拳で解り合う仲』でも別にいいと思うんだけど……てか、うちも殴ってるからお互い様やと思うんだけど……女の子ってコレだから困る。←ォイ

Sも当時はどちらかというと中性的な女の子でした。うち自身もそんなタイプだったので、性格こそだいぶ違うものの他の女の子よりは付き合いやすかったのね。
Sはこの一件以来、他の女友達から避けられる子になってしまいました……本人は無自覚だったようですが……うちも彼女殴ったんだけどな……

Sとは今も付き合いのある学生時代の友人です。拳で解り合った仲です。ハイ。笑
しかし、今は霊的に状況が激変していますーーSよ。あんたが少しでも霊的修行怠ったら、あっという間に置いていくぞ。(鬼)

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小学生活においてまず欠かせないクラス活動の第一は日直……で合ってるよね(ここんとこ記憶曖昧)……の他、教室で買っているメダカや昆虫、時に爬虫類(イモリなど飼ってましたん)のお世話をする『生き物係』、教卓に飾る花を持ってきたり水換えしたりする『お花係』がありました。

よね?←そこんとこ記憶曖昧(笑)

他にどんな係があったやらとんと思い出せないのですが、この2つは自ら立候補する事もあったので鮮明に覚えています。

まず生き物係ーーたいていの昆虫は素手で捕まえられていたため、飼育箱ごと学校に持って行ったりしましたね。卵から成虫になるまで、クラスで観察したりしました。
中でも一番印象に残っているのは、キアゲハを卵から蝶になるまで面倒見たこと。
あ、これは幼虫が可愛すぎて学校には持って行かなかったんだった。笑
飼育箱の中で育てていたのに、卵から幼虫に育ったのは二十数匹、蛹になれたのは十数匹、蝶になれたのは数匹でした。飼育箱という安全な温室育ちでもそんなですから、そこから自然の厳しさを学びました……
次に印象に残っているのは、イモリの飼育。二学期の初め、学校に持ってきたのは別の子だったのですが、二学期が終わる頃に生き物係をしていたのが私ともう一人。その子はトカゲやイモリが大の苦手だかで、ほぼ私が世話をしていたのですが。
終業式の日、持ってきた子に言えば良かったのに(と今では思います)、担任は生き物係に「生き物を自宅に持ち帰ってお世話するように」言ったのです。その実、担任も爬虫類は嫌いだったんじゃないかしら。もう持ってこなくて良いみたいなことほのめかしてましたもん。

……うちかて母が爬虫類大嫌いなのは知っていましたが、もう一人の生き物係は断固拒否……仕方なく、水槽を抱えてエッチラオッチラ帰りましたがーー案の定、物凄く険しい顔をされました。

先生に持って帰るよう言われたんだもん、なんだったら学校に電話してよーーとまで言ったかどうかは記憶にありませんが、半端にでかいガラスの水槽だったため他に置き場がなく、ピアノの上に置く事に。

もう別の生き物に転生しまくってると思うけど……イモリよ、下手くそなピアノ毎日散々聞かせてごめん。

更に、室内で飼っていたため、つがいのメスイモリが産卵して、とうとう母激怒。

「川に逃がしてきない! 担任の先生には私が連絡するけん !! 」

泣く泣く、近くの川まで水槽抱えてエッチラオッチラーー卵ごと、イモリを川に流しました。残酷なことしたな……私は母と違って、爬虫類はむしろ好きだったので、とても悲しい気持ちになりました。
せめて、春になるまで見守ってくれたら良かったのにーー合掌。

今思い出しても切ないわ……次、いこう。

6年間、母が花好きで年がら年中何かしら花を咲かせていたため、お花係もよくやりました。お花係でなくても、花が咲くと持たされていたな……
春夏秋冬、頻繁に花を持たされていたのもあって、かなりいろんな花の名前を覚えました。

どの花もまあ特に好き嫌いなく普通に持って行った中で、どうしても好きになれない花が1つありました。

それは、ペチュニア!

花言葉は『心の安らぎ』とか『あなたと一緒にいると心が和らぐ』などといった素敵な言葉なのですが、触るとめっちゃベタベタしていて洗ってもなかなか落ちないのですよあーた。そのベタベタが移った手で教科書やノートを触ると今度は教科書やノートにベタベタ移って不愉快この上ないのですよあーた!



……今では多分、品種改良も進んでいるはずですから、そこまで酷いこと無いとは思いますが……ペチュニアの咲く時期だけは、花を持たされるのが嫌で嫌で堪りませんでした。
母にも「ペチュニア好かんけん植えんで」と懇願したこと多数。

「ピンクで可愛いけん、よかやんね」

と聞き入れてはくれませんでしたーー今でも、母と花の話になると、

「そういやあんた、ペチュニア好かんかったね」

と笑われます。

もう2度と、触れたくない。笑

高学年になってオダマキが流行りだしてから、ようやくペチュニアとおさらば。ホッとしたのと同時に、オダマキ大好きになりました、が。

オダマキの花言葉は『おしゃべり娘』『うるさい女』……いくらなんでも、あんまりじゃね !?

……いい加減、お後がよろしいようで……

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物心ついた頃には、既にそうなっていました……母方里へ行くと必ず、ご飯に鰹節をかけてもらっていたのです。
祖父母が半野良状態で猫を飼っていたせいかもしれませんーー祖母は猫達にキャットフードではなく、昔から続くとゆーか伝統的とゆーか、いわゆる『猫まんま』を炊いて、鍋ごとドーンと土間に置いて、それを猫達のご飯にしていました。

余談ですが、猫達はとても美味しそうに食べるので、『お祖母ちゃん手作りだしきっと猫まんま美味しいんだ』と思って見てました(4~5歳弟2~3歳の頃です)。
すると、弟が……さすがの私もできなかった事をやってのけました。猫まんま食べちゃった。笑

きっと、美味しかったに違いない。←

話、戻そうね。

きっと猫がいるから、鰹節まぶしたご飯が食べたくなったのだろうと思います。祖母は猫まんま作る時に安いパックの鰹節を使っていたので、私達もそれをもらって、ちょっと醤油垂らしたのをご飯にまぶして食べました。

そのご飯の美味しいこと! 何なんでしょ……この至福の味 !!

自分の家では鰹節削り器でショリショリしたヤツを食べていた(今思うと、貧乏だった割にかなり贅沢)から、パックの鰹節など見向きもしないのに、母方里に行くとあら不思議。パックの鰹節が魔法のようにご馳走ふりかけに早変わりするのです。笑

まだ舌っ足らずな物言いだった頃、祖母に「かつぶしご飯ちょうだい!」とねだっていたのを思い出す時ーー今では決して安いとは言えない鰹節パックを1パック贅沢に使って、ご飯にまぶして頂きます!

……でも、どんなに良い米炊いて食べても、あの頃の味にはならないんだよなぁ……美味しいけど。

あー、猫の臭いがしないからか?←



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ビビットな原色に黒の水玉……岡本太郎とガウディの間に、衝撃を受けた芸術家がいたのを、最近になって思い出しました。

草間彌生ーー中学高校時代の私は作品名にばかり目が行って、作者の名前はなかなか覚えられませんでした。
当時から今もなお、繰り返し何度も会わないと、その人の顔と名前が覚えられないのです……人形嫌いの延長上に人の顔があるような気がする今日この頃。(苦笑)

それはさておき。

福岡市美術館の大濠公園側入り口付近、ある日、ドーンと現れたのが『かぼちゃ』でした。
黄色くて、日向南瓜を柔軟にしたような滑らかなフォルムに、あの独特な水玉がびっしりと描かれていて、思わず足を止めてまじまじと見つめたのを……草間彌生特集みたいなテレビ見ていて思い出しました。

そういや、福岡にもあるじゃん! あのカボチャ !!

福岡の天神地区には、リボンや帽子をかたどったオブジェなどの草間作品が結構野外展示されていて、何気に草間ファン多いのかも……笑

かなりでかいです。全国各地に存在するようなので、興味を持たれた方はぜひ会いに行ってみてくださいね ♪



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結婚生活が始まる少し前。飼い主様こと夫と同居生活を始める事になった時、母に(長い間実家に置きっぱなしにしていた)雛人形と市松人形を持たされました。

※細かい前置きは2016.1.6『筋金入りの人形嫌い』の記事参照

一生、飾ることもないだろう人形を渡されて途方にくれた私は、供養も何もせず、ゴミの日にまとめて捨ててしまいました。

ところがーーその次の日。とても怖い夢を見たのです! 人形絡みの。
※この時見た夢と当時の現実を織り交ぜ脚色した小説『かぞえ唄』エブリスタで公開中
……今、読み返したら「いろいろ病んでいたんだな私」的内容になっております……

あ、ペンネームは莢猫です。は、さておき。

今でも忘れられない、その夢の概要をざっくりまとめるとーー

母方実家の座敷2階、物置スペースの掃除と箪笥や棚に置いてある物の整理を任され、掃除を進めて、床に物が置ける状態にして、古い箪笥の引き出しを開けたら……そこに市松人形の首が入っていて、その頭がパッと浮き上がるや、一言。

「ばかみたい」

言われた私は、何故か泣きながらも、けたたましく高笑いするーーと、何とも病的な悪夢でした……今、思い出してもブルッとくるわ……(汗)

ああ、人形はちゃんと供養せんと、後々が本当に怖い。

と、その時は思いました。

でも最近、どうしてこうも人形嫌いになってしまったのかーーその理由が判ってからは、『人形が怖いから嫌い』という感覚はなくなりました。何の事はない、前世の記憶だったのです。

前世の私は、セルロイド製の人形を持っていて、とても大事にしていたのですが、ある時、地震と火事で何もかも失ってしまいます。私は燃え残った家財の中から懸命に人形を探しました……が。
燃えやすいセルロイド製の人形、まともな姿で見つかるはずもありません。
見るも無残に焼けただれた人形ーーこう言っちゃ身も蓋もありませんが、あまりにも気持ちの悪い姿に成り果てた人形が、とても恐ろしく見えたのです。
それはまるで、

「あなたが私を置いて逃げたから、私はこうなってしまったのよ」

と、人形が自分を恨み責めているようにも思えて、私は怖さのあまり気を失いましたーー

うへー……前世の負の記憶たどるのって、エグいわー……もうやらね。

てな訳で、『現世の私には関係ないや』と割り切れた時点で、少し前まで抱えていた強烈な人形嫌いの感覚は薄まりました。

とはいえ、だからといって、人形を家に飾る気はサラサラないけどね、うん。

ちなみに、母方里の座敷2階の掃除は本当に大変でした。←現実と夢はいくらかシンクロするもんです、ハイ。

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物心つくかつかないかの頃から、父方里ではワラビ摘みドライブ、母方里では野苺や筍・ムカゴ・銀杏・栗など拾う楽しみ……いわゆる旬の楽しみを満喫していました。

春は山菜メイン、秋は木の実メインの収穫の楽しさを、母や祖母から教わりました。

ですが、子どもの頃は収穫そのものを楽しむよりは、収穫物付近にあるものをおもちゃにして遊ぶのがメインでした。
ワラビ摘みの時はワタスゲやクローバーの花を摘んで花輪にしたり、筍掘りの時は育ちすぎた筍に鍬を当てたり……それはそれは、楽しいひと時でした。(笑)



実益を兼ねて楽しむようになったのは、やっぱり、大人になってから。

独り暮らしの時はむしろ生活かかっていましたから、真剣に収穫しましたね。手取り6万、家賃3万、車もケータイも維持した残りが生活費なんて時期もあったもんですから。我ながらよく暮らせたなあの頃。

ツクシ・スカンポ・セリ・タンポポーーどこにでも生えている雑草も、旬の味覚といえばいえなくもない……野遊び・山遊びの原点である『収穫の喜び』は、いつまでも忘れずにいたいと思います。

大地の恵みに感謝して、いただきます!

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『パンダがなんだ』という歌を聴いて、近くの動物園にもパンダが来ればいいのに……と、思っていたかどうかは記憶にありませんが、小学1年生の時、福岡市動物園にパンダが2頭やってきたのをーーお風呂で鼻歌歌っていた時に思い出しました。

パンダがな あんまり人気者だでな
狐がな おいらもいっちょ なってみるべと パンダに化けたとよ
ひあたりやまのーおぉ 狐がな ♪



歌に出てくるパンダはランランとカンカンだったので、小学生時分の私は『ランランとカンカンが来た!』と思い込んでいましたが……当時、福岡にやって来たのはシャンシャンとパオリン。

小学生活最初の遠足は、動物園でした。6年生のお兄ちゃんに手を引かれて、動物園まで行ったのですが……パンダの檻の前は物凄い人集り。とてもパンダが見えるような状況ではありませんでした。

すると、6年生のお兄ちゃんが私の前にしゃがみこんで、

「肩車しちゃるけん、乗って」

と、私を肩車してくれたのです。おかげで、私は他の子等より少し高い目線でパンダを見る事ができました。パンダは他の動物と同じく気怠そうにゴロンと転がっていましたがーーとにかく、他の子よりたくさん見れたような気がして嬉しかった……

ーー我ながら『そこかよ』と思いつつも、当時の気持ちを湯船の中で、ほっこりと思い出した次第です。(笑)

当時、小デブでそれなりな重量だったはずの私を軽々と肩車してくれたお兄ちゃん、あの時ちゃんとお礼言った記憶がないので、ここで感謝の気持ちをお伝えします。

ありがとうございました!

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高校生活にしっかり慣れてから部活に入ろうと、正式に入部したのは確か2年になってからだったと思います。
初めから美術部に入部するつもりだったので、1年の頃から美術室には出入りしていましたーーが、誰かが油絵やっていると、もう無理! 臭いが凄いのよ油絵……同じ環境に長く居ると倒れちゃうほど。

冬場でも窓全開で描いていましたが、夏場など風のない日は臭いがこもるので、扇風機で無理やり換気していましたーーそれでも、無理!

油絵描く子が居る時は、自分の教室でチマチマと活動しておりました。

それはさておき。

顧問の先生と、どんな画家が好きなのかという話題になった時、顧問がこんなことをおっしゃったのです。

「莢猫さんの好みだと、もしかしたらガウディも好きかもね」
「ガウディって?」
「建築家だよ」
「建築家 ?? 」

先生は私にガウディ建築物の図録を貸してくださいました……お、重い……昔のアルバムごっつ大きくて、辞書3冊分はあろうかってくらいの重量のハードカバー。
そのカラー表紙には、タイルモザイクが施されたトカゲっぽい何かが、噴水のように水を吐いていて、一目でやられました。

何なんだこれはーーーーッッ!?

ひっくり返すと、作りかけのサグラダファミリアでした。これまた、インパクト大! あっという間に虜になりました。
当時、今ほどカラーコピーが普及していたなら、間違いなく全ページ、コピーしたでしょう。家にある、親仕事用のコピー機が白黒なのが残念でたまりませんでした。

けれども母は爬虫類系大嫌い。カエルも嫌ならトカゲも嫌い、家にヤモリが入ってくるのも嫌がる人です田舎育ちなくせに……私はカエルもヤモリもトカゲも、実は大好きだったのですが、あまりそれを口にすることはありませんでした。
けれども、図録の表紙を飾っていた『グエル公園のトカゲ』は、言葉では言い表せない強烈な魅力を放っていてーーこれなら大丈夫だろうと母に図録をかざして見せました。

「見て見て、先生が貸してくれたっちゃん」
「あっそ」

横目でチラッと見ただけで終わり。どこまでも爬虫類嫌いな御仁でした……母さんには爬虫類の美しさが分からないのねー残念だねー……くすん。
それからというもの、とりつかれたようにトカゲを描きました。リアルスケッチからデフォルメしたものまで、ビーズ細工でも果敢にチャレンジ。

とはいえ、母に見せると捨てられかねないので、描いたものも作ったものも学校に置いたまま卒業したため、手元に残っていません……残念ッッ!
描いた絵も作った物も、大半は同級生や後輩にもらわれていったので、美術室に残っていたのはスケッチくらいだったような。多分、卒業後あっさり処分されたと思われます。

飼い猫生活になって、太陽の塔も会いに行けたのだから、次はグエル公園行くぞ。スペイン語習得せなん。
スペイン行くなら、ガウディ建築物には皆ご挨拶に伺わなければーーまず、体力・資金作り、やな。色々頑張ります。

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小学生の頃から、年に数えるほどではありましたが、美術館に連れて行かれた事がある私ーー子どもだから間が持てなかった……という記憶は、実はありません。記憶に残っていないだけかもしれませんが……

他の子等が走り回っている中で、自分が好きな絵には見入っていたような気がします。大城先生に出会うまで、自分が絵を描くのは嫌いだったけど見るのは好きだったのかも。
実際、当時(私の中では)クラスで一番絵の上手な子が大好きで、くっついて回っていたほどですから(笑)。

そんな折、テレビのCMで衝撃的なモノを見ました。

オジサンの顔がアップで映し出され、

「ゲイジュツはっ! バクハツだっ !! 」
と叫ぶや、グランドピアノをメタメタに鳴らして、そのメタメタな音に合わせてグランドピアノの蓋がカラフルにグチャグチャになってーー確か、こんなだったと思います。

「母さん、このヒト誰?」
「オカモトタロウたい」

衝撃的な出会いでした。彼の色彩感覚、ブッ飛んだ表現。それまでCM放送中はトイレに行ったり、お茶飲みに行ったりとテレビを離れる時間でしたが……これを見て以来、彼の出るCMになると釘付けになりました。

強烈に、目に、脳裏に焼きついたのは言うまでもありません。

中学生になって、『太陽の塔』の事を知るといつか必ず行こうと思い、高校生になってからは花の写実画の他、抽象画にもはまり、大学生になると身近な所に岡本太郎の作品があって嬉しくなりました。駅裏のビルになんと、岡本太郎作『キリン』があったのです。(今、あるかどうかはわかりませんが……)

社会人になって、しばらく関わる余裕なかったのですが、飼い猫生活になって時間がたくさん取れるようになってーー念願の太陽の塔に会いに行くことができました。
東京であった岡本太郎展にも行き、彼のアトリエにも行き、キーホルダーやフィギュアもいろいろ買って、ガチャガチャももちろん回してきました。(笑)

太陽の塔に入れるようになるーーという噂を聞いて、ワクワクしていたのですが、修理資金が集まらず頓挫している模様。

はよガッツリ資金作って、太陽の塔に出資する!

飼い主様に言ったら、呆れられました。今に見てろよ。太郎ごっつ、バクハツだっ!
(頑張って似顔絵描いてみたのですが、あまり似てませんね……人物画はやっぱり苦手でした)

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長新太作『ごろごろにゃーん』。私が一番最初に大好きになった絵本です。多分。今でも好きな絵本のダントツなので、そういうことにしておきます。

たくさんの猫達が、魚型の飛行機に乗っていろんな所を旅して帰る、何てことないシュールな繰り返し言葉の絵本です。

ひこうきはごろごろ、ねこたちはにゃーんにゃーんとないています。

から始まり、

ごろごろ にゃーん ごろごろ にゃーん と、ひこうきは とんでいきます

と同じセリフが何ページも続くのですが、挿絵の変化していく様がおもしろおかしく、そのページの絵に合わせて抑揚変えて読んでみると、一段と楽しくなります。
いろんな世界を旅してきた飛行機と猫達は、最後に元いたところに戻ってきます。

ごろごろにゃーん ただいまー

手元に原本なくて、記憶頼りなため、間違っていたらごめんなさい。大筋は合っていると思います……うん、買おう『ごろごろにゃーん』。

この絵本に出会って以来、私は長新太さんの絵本を見かけると何でも読んでみたくなりました。ぼくのくれよん・おしゃべりなたまごやき・なにをたべたかわかる?・つみつみにゃー(児童書)・だってちゃん(児童書)・マコチン(児童書)・対馬丸(児童書?)

他にも好きな絵本作家さんはいるのですがーースズキコージ・佐々木マキ・井上洋介・秋野亥左牟・安野光雅ーーご存じない方は絵本コーナーへゴー。必ず一冊はあると……思う、多分。
新たな絵本作家さんも増えているから、最近の作家さんだと飯野和好・よしながこうたくーーえ、知らない?
二人の代表作はこれまた多分だけど『ねぎぼうずあさたろう』『給食番長』です。それぞれアニメにもなり、話題になった作品……もしかしたら全国じゃないかも……ぐふっ。

どうも私は、色づかいやタッチが個性的なモノに惹かれるようです。

それに加えて、猫好きをくすぐるあの繰り返しのフレーズが、いくつになっても忘れられないのです。

ごろごろにゃーん。
私の記憶が確かならば、こんな表紙でしたーー記憶妄想スイッチオン!

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プロフィール

HN:
莢猫
年齢:
46
Webサイト:
性別:
女性
誕生日:
1973/09/06
職業:
自由業
趣味:
ビーズ細工・ドライブ
自己紹介:
詳しくはカテゴリー『プロフィール』で。
A型乙女座長女なのに、近頃は、AB型とかB型とか星座はともかく末っ子とか一人っ子とか言われる、ゴーイングマイウェイ主婦。

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