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猫空世界〜闘病生活から超自然主義にならざるを得ない生活になった世界〜

生まれて初めて触った動物が猫だったサヤネコです(以来ネコ好き)。 十二の時に死にかけ、三十代にも死にかけましたが、まだ生きています。死にたいと思った事も多々ありますが、なんだかんだで生きています。 生かされている事に感謝して、シャーマン始めました。

2018/07    06« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  »08
普通の中学校であったら、確実に留年していたでしょう……私が通っていた中学校には特例のようなものがありました。生徒が学校に行かなくても、担任が家庭訪問をすると出席扱いになっていたそうでーー入院中も、自宅療養中も、担任は頻繁にお見舞いに来ていました。



今思い返すと有難い事と思えますが、当時は煩わしい事この上ありませんでした。顔を合わせる回数が増える度、学校に行けない事への説教だとか励ましだとか……



うるっさい! あんたに私の何が解るってんだ !! 



そんな気持ちでいっぱい。



治療(副作用)の辛さを解ってくれない、受験生という肩書きも心追い詰めていた頃の私には、大人に投げかけられる言葉は全て『棘』か『毒』にしか思えませんでした。



とはいえ、『受験生』である事はどんな事があろうと変えられません。留年でもしない限り。留年がなければ高校浪人? 本気でそこまで考えていた頃。当時、校長経験のあった母方祖父が、病気や障害のある子を受け入れる特別クラスを設けている私立高校の校長に話をしてくれて、本来なら枠を取るのも不可能だったであろう『推薦枠』を高校で用意してくださいました。



わざわざ用意して頂いた推薦枠です。留年する訳にも、推薦枠を蹴る訳にもいきません。中学三年間、ほとんど実になる勉強はしていなかったのですが、不幸中の幸いは入院中に(何故か母が文庫本を買ってきていた)明治大正文学をほぼ読破していたこと。

推薦試験は(うわー全然覚えてない)確か、三科目だったかと。とても寒くて、膝掛けにカイロもたくさん持って試験に臨んだのは覚えています。



私立の推薦試験は、当時高校入試期間でいうと最も早く行われていたーーのではないかしら。←これまた記憶曖昧ですみません……

皆が受験に悩まされている中、同じく早々受験クリアしたクラスメイトと三人で、美術館であっていたエジプト展見に行った覚えが(我ながら受験生らしからぬ行動(笑))。



人生において、初めて、自分の人生計画を真剣に考えた年でした。




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詳しくはカテゴリー『プロフィール』で。
A型乙女座長女なのに、近頃は、AB型とかB型とか星座はともかく末っ子とか一人っ子とか言われる、ゴーイングマイウェイ主婦。

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