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猫空世界〜闘病生活から超自然主義にならざるを得ない生活になった世界〜

生まれて初めて触った動物が猫だったサヤネコです(以来ネコ好き)。 十二の時に死にかけ、三十代にも死にかけましたが、まだ生きています。死にたいと思った事も多々ありますが、なんだかんだで生きています。 生かされている事に感謝して、シャーマン始めました。

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左足が腫れたのは、『血栓症の疑いがある』とこれまたちょいと曖昧な診断が下された頃、点滴も外され、CRPの数値が正常値に下がるまで抗生物質服用の入院生活になりました。
点滴がない分、自由に絵が描けるようになった私は、病室に持ち込んでいたボールペンを駆使してトイレットペーパーの芯アートに熱中ーー六人部屋に移されると、病室にいる皆さんにウケましたーー

「花札の絵を描いて」
「麻雀牌の鳥描いて」
「歌謡曲の絵を描いて」
「可愛いピエロの絵を描いて」

などなど……円筒に絵を描き慣れてくると、複雑な絵の注文が殺到。花札は役にちなんで、月見・花見で一杯とか三光・五光、猪鹿蝶、親札モチーフもたくさん描きました。前の部屋で同室だったKさんも一緒に六人部屋に移動してきたのですが、彼女は病棟内でも顔が広く、他の病室からいろんな患者さんが遊びに来ては、トイレットペーパーの芯を持参。(笑)

挙げ句の果てには、病棟清掃婦の方まで持ってきてくださるようになり、購買部でボールペンも買ってきてくださいました。これはとことん描くしかありません。
もう何本描いたか覚えてないほど描きましたが、皆貰われていって、手元に残りませんでした……

退院する時、同室の皆さんから惜しまれ、

「あんた、こんな毎週は無理やろけん、月に一度でいいけん絵手紙描いちゃってん。住所教えるけん、ねっねっ」

とKさんが言い出すと、「うちにも描いて」「私も欲しい」と同室の全員と住所交換することにーー

「来月から、毎月描きますね」

と約束しました。

幸い、母や祖母が記念切手などの収集家で、時々その切手を分けてもらったりしていたのと、いつか描こうと画仙紙のハガキ百枚持っていたのと、色鉛筆やら絵の具やら中高時代美術部で画材揃っていたのとーーいろいろ条件整っていたので、3月から早速、絵手紙を描いて投函。
通院の際には病棟へ上がってお見舞いしたり、食堂でお茶したりしました。

退院してみるとやっぱり、同室の皆さんの方が重篤でした……とはいえ、自分もそう病院にお見舞いに行ける体調ではなく、せめて、絵手紙だけは毎月欠かさず出そうと心に決めたのがーーその頃でした。


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プロフィール

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莢猫
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性別:
女性
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1973/09/06
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趣味:
ビーズ細工・ドライブ
自己紹介:
詳しくはカテゴリー『プロフィール』で。
A型乙女座長女なのに、近頃は、AB型とかB型とか星座はともかく末っ子とか一人っ子とか言われる、ゴーイングマイウェイ主婦。

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